痛い歯が分かっているのに、どうして治療の前に熱い物や冷たいものや電流を流して歯の状態を調べるのですか?

「痛み」というものは個人差も含めて極めて曖昧なものです。曖昧な痛みを正確に、どの歯がどのような原因で痛いのかを特定しなければ、歯内療法をおこなっても痛みが消えない可能性があります。

 

痛みがある状態で、さらに痛い診査診断を受けるのは本当に辛いですよね。診療する側としても非常に心苦しく思います。

当たり前のことのような診査診断の重要性。実は歯の状態を把握し痛みを取り除くために正確に診査診断することは非常に難しいのです。

検査内容は歯髄(神経)の感覚を調べるための検査であり、歯の表面に冷刺激(Cold test)、熱刺激(Heat test)、電流刺激(Electric Pulp Test=EPT)などの刺激があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではなぜそのような検査が必要なのでしょうか?

以下の3つの診査診断を行うためです。

①どの歯が痛みの原因であるのかを特定
②痛みの原因の歯の病態の把握:治療方針を特定
③本当に歯が痛みの原因か?:歯に原因がないのに歯が痛いと感じる場合は歯内療法の適用外

①どの歯が痛みの原因であるのかを特定することについて

例えば実際に痛みの原因があるのは上顎の奥歯なのに、下顎の奥歯が痛いということは冗談のようで意外とよく見られる光景です。左右は間違えなくても上顎と下顎の痛みなのかわからないという経験はないでしょうか?まして隣り合ってる歯同士であれば、どの歯が本当に痛いのかわからないこともしばしばです。

正しい診査によって導かれる診断は精度が高いほど患者さんの利益(正しい診断、正しい治療、病気の治癒 歯の長持ちetc…)に直結しますし、逆に診断のついていない場当たり的な治療によって患者さんが被る不利益(誤診、不必要な治療 結果的に歯の喪失等々)は、取り返しのつかないものであり、回避せねばなりません。

②痛みの原因の歯の病態の把握:治療方針を特定することについて

本来、組織の生死や健康度を判定するには、組織の血流の有無を計測することが一番確実であるとされますが、歯髄は周りを硬い歯に囲まれており計測も直視もできません。そこでいくつかの検査(Cold ,Heat EPT)で歯髄の知覚(感覚)の有無を測定し、結果を組み合わせて診断精度を高めます。

具体的には、刺激によって痛みの強さ、痛みが長引くか、全く痛みを感じないかなどを観察し、神経の生死や、生きていても健康な状態へ回復可能なのか不可能なのか、などを判断します。

安易に回復不可能と断定せず、歯の神経をとることは極力回避すべきで、神経を正しく残せれば歯の長期予後に良好な結果をもたらします。

また、いくつかの検査は痛みの原因と考えられる歯以外の健常歯にも行うことが多いです。これは個人個人のもつ歯の痛みに対する基準点を調べるためです。

③本当に歯が痛みの原因か?について

歯に原因があって歯に痛みを感じる痛みを歯原性疼痛というのに対し、歯に原因がなくても歯や歯茎に痛みを感じることを非歯原性疼痛といいます。(参照:Q歯が原因ではないのに歯が痛くなる事があると聞きました。どのような場合か教えてください

歯に原因がない痛みであれば、歯の治療をしても痛みは取り除くことはできません。

非歯原性疼痛を起こす疾患は、さまざまな報告がなされていますが、現在は大きく8つのグループに分類されています。(2)

1筋・筋膜性歯痛:主に咀嚼筋(顎を動かす筋)に原因があり歯が痛む

2神経障害性歯痛:三叉神経痛や帯状疱疹が原因で歯が痛む

3神経血管性歯痛:頭痛が原因で歯が痛む

4上顎洞性歯痛:上顎洞(副鼻腔)に原因があり歯が痛む

5心臓性歯痛:狭心症や心膜炎、動脈解離などが原因で歯が痛む

6精神疾患または心理社会要因による歯痛:不安、鬱などが原因で歯が痛む

7特発性歯痛:原因不明だが歯が痛む。

8その他の様々な疾患により生じる歯痛

①~③に当てはめることなく、安易な診査診断で治療を行っても、痛みが治まらず、結局口の中の歯のほぼすべての神経を失ってしまった残念な報告もあります。そのような事態は、患者さんのQOL(Quality of Life)を著しく低下させる可能性があります。

 歯内療法は、根尖性歯周炎を予防し、痛みも管理する治療でありますが、その多くは不可逆的かつ侵襲的な処置であることには変わりません。その処置のスタート段階でつまづかないように、検査をおこなうものでもあるとご理解いただきます様、宜しくお願いいたします。

 

執筆者:黒瀬 尚利PESCJ8期)

参考文献

(1)石井宏 世界基準の歯内療法2015  P9 医歯薬出版

(2)Okeson JP FalaceDA Nonodontogenic toothache Dent Clin North Am 1997;41:367-383