Q. 神経をとった歯は被せなければならないのでしょうか。

一般的には被せた方が好ましいと思われます。しかしながら歯の部位によっては被せなくとも良いかもしれません。   

治療した歯が長く使えることは誰しもの願いだと思います。しかし治療した歯が不幸にして使えなくなる(抜歯になる)場合もあります。

歯を失ってしまう3つの問題

根の治療をした歯が使えなくなる理由として主に

「補綴(被せもの)の問題」

「歯内療法(根の治療)の問題」

「歯周病(歯肉の治療)の問題」

があると考えられています。

その中でも「補綴(被せもの)の問題」は抜歯になる理由として一番多いのですが、「被せること」でいくつかの問題の予防も可能と思われます。

そこで本コラムでは、抜歯にならないための被せることの利点について考えてみましょう。

抜歯につながる「補綴の問題」とは?

「補綴の問題」とは具体的には治療後に新たなむし歯が起こってしまい歯の形の修復ができない場合や、むし歯でなくても歯が割れてしまう「歯の破折」などの問題です。ある研究で根管治療歯116本の抜歯になる理由を調べたところ、「歯の破折」が実に6割近くに昇りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去のコラム

根の治療をした歯はどのくらい持つのでしょうか?」(2021年4月13日)

歯根破折の確認は、術前にレントゲンなどで判別出来ないのでしょうか?」(2020年7月7日)

等でも触れていますが、「歯の破折」は様々なトラブルを引き起こし、時に抜歯に直結することから、出来るだけ破折を予防する工夫が必要です。

神経をとると歯はもろくなるのか?

 

 

 

 

 

 

 

歯の神経を取ると脆くなる、との説明を受けたことはないでしょうか。いくつかの研究報告を紹介いたします。

・神経のある歯に比べ神経のない歯では約2%ほど歯に含まれる水分量が少ないが、物理的に有意差なし。

・切られる、粘り強さ、硬さ、割れやすさなどの検査を行っても、神経のない根管治療歯の特性は神経のある歯と変わらず。 

このような報告から、歯の神経をとることが、歯が脆くなる、枯れ木になる、とは言い切れないようです。

治療した歯の破折の原因は?

 

 

 

 

 

 

 

一方で、次のような研究報告を紹介いたします。

・神経のない歯は、痛みや違和感を感じにくくなる。(今まで以上に強く噛んでしまいやすい)

・むし歯を除去したり、歯の形を整えたする「削る行為」が歯を失わせ、強度や剛性を喪失させる。

このような報告から、歯の神経がないことで痛みや違和感を感じにくくなること、歯を削ることで歯質の残存量が減少すること、によって、破折のリスクが高まる可能性が高いことがわかります。

被せること、と破折の関係性

 

 

 

 

ある研究では、根管治療歯の予後8年の経過を調べると、抜歯になった歯の8割がクラウン(冠)が装着されてなかったとあります。さらに別の研究では、203本の根管治療歯の予後を調べたところ、クラウン(冠)が被せてあるものとされていないものとで、クラウン(冠)が被せてない歯は6倍も損失率が高かったという報告もあります。 

またいくつかの研究で、歯の種類(大臼歯・小臼歯・前歯)で差があるとの報告があり、数年後のクラウンを被せていない歯の生存率では大臼歯>小臼歯>前歯、の順に抜歯の率が高いこと、あるいは前歯はクラウンの有無は成功率に影響しないが、臼歯部では成功率に大きな差が生まれるとの報告もあります。

いずれにせよ破折を予防する観点からはクラウン(冠)、あるいは準じたものを被せることが好ましい、ということになります。

被せることのもう一つのメリット

 

 

 

 

 

 

 

神経を取ることは、歯の質を弱めなくても歯質の削除に繋がり、破折のリスクが高まることは理解できたのではないかと思います。ではそもそも、なぜ神経を取る治療が必要になってしまったのかを考えてみましょう。

神経をとることが必要な状況とは、むし歯の進行などにより、神経に細菌が感染してしまっている状態になってしまうことです。

根の治療は、感染してしまった細菌を減少させる治療ですが、今後は新たな細菌感染から歯を守らないといけません。簡単に脱離したり、適合が悪く隙間から細菌が入り込むことのない正しい被せ物や詰め物を作る必要があります。

被せること以外の方法とは…

 

 

 

 

 

神経の治療後に、個々の歯の状況に合わせて、被せるのか詰め物で終わるのか最終判断します。被せない場合、詰め物として近年では国内ではファイバーポストやコンポジットレジンといった接着性の充填修復材料を用いることがほとんどです。

いくつかの研究から

・短期的には問題は生じにくいが、長期的(5、6年後~)には、温度変化、化学的・機械的ストレスにより、コンポジットレジンの物性や接着性の低下に伴う漏洩が生じやすい。

・残存歯質の量が少ないほど、咬合力によってたわみが大きくなり、やがて弱くなった歯質と充填物の界面にギャップを生じて、細菌漏洩の原因となる。

・コンポジットレジンそのものも湿った環境下では経年劣化・細菌漏洩に伴って二次齲蝕が増加し、根管治療の失敗率も上がる。

このような報告から、新たに細菌が入り込むことを防ぐために、被せる方が長期的には予後が良いと言えそうです。

では絶対に被せないといけないのか 

 いいえ、そのようなことはありません。上記したように「補綴の問題」から考慮すれば被せた方が望ましいですが、例えば前歯など力学的に噛む力がかかりにくい歯などある程度「補綴の問題」が少ない歯は、短期的には被せる重要度が低いと言えます。上述したレジンなど接着性の充填物で終えることも可能な場合もあります。

治療した歯の部位や噛み合わせのバランスや力など総合的に主治医との相談が必要で、患者さん自身が何を優先するのかによって、一緒に考えるのが良いでしょう。あくまでも医療の主役は患者さんです。

根管治療後の被せもの、詰め物の選択も、歯を機能させるため大切な要素です

神経をとった歯を機能させるには、神経の治療はもちろんのこと、その後の被せ物の形や質も非常に重要になってきます。神経の治療を行った後、どういった修復処置があるのかは、主治医の先生にしっかり相談してください。

歯内治療専門医はその根となる部分を全力で治したいと考えています。また、神経を処置した後、できる限り長く使ってもらいたいと祈っています。

 

執筆者:橋本 正隆(PESCJ11期)