Q:以前の治療で「器具が歯の中に残っている」と言われました。それは取らなくて大丈夫なのでしょうか?取ることは可能なのでしょうか?

A:破折ファイルを除去すべきか否かの意思決定が非常に重要です。

根管治療をする上で最も重要なことは根尖性歯周炎を”治す”事と”予防”することです。残っている器具を除去することは、その目的を達成するための手段であり、除去すること自体が目的ではありません。目的と手段を混同せずメリット、デメリット、を総合的に勘案し意思決定することが非常に重要です。

 

歯科医院で「歯の根の中に器具が残っている」と言われた経験はありませんか?

治療器具が歯の中にあると思うと、とらなくてはいけないと思うかもしれません。

このコラムを通して、

①根の中に器具が残っているとはどういう意味でしょう?

②破折器具が根の中に残っていることで歯や骨に悪影響はあるのでしょうか?

③逆に、破折器具を取り除くことによる歯や骨への影響はどうなのでしょうか?

をお伝え致します。

 

①根の中に器具が残っているとはどういう意味でしょう?

私たちは根管治療をする際に、根の中(根管:以下根管と記載)に棲息する細菌を除去するための細い器具(ファイル:以下ファイルと記載)を用います。

ファイルの直径は一番細いもので0.06mmと非常に細く、さまざまな直径のものを使用し、一般的な根管治療では直径0.4mm~0.5mm前後のファイルまで使用します。

根管の形態は曲がったり、太くなったり、細くなったり、分岐したり、合流したりと、非常に複雑な形態をしており、特に大臼歯は90%以上の根管が湾曲しているという報告もあります。(1)そのような複雑な形態をした根管内に棲息する細菌を除去、又は可能な限り減少させるために行うのが根管治療であり、使用するファイルは根管内の細菌除去又は減少させるために最も大きな役割を果たす治療器具です。(2)

そのように重要な役割を果たすファイルは、時に材料学的要因(金属疲労)や複雑な根管形態の影響を受け、なんら前兆なく破折してしまうことがあるのです。(3)このようなファイル破折の発生率は根管治療症例全体の1~6%と報告されており、根管の形態が複雑になる大臼歯の、根の先端近くで破折しやすいとされています。(4)

 

②破折器具が根の中に残っていることで歯や骨に悪影響はあるのでしょうか?

根管治療の成功率に対する破折器具の影響を調べた研究があります。(4)

治療前に根の先に病変がある場合、ない場合に分けて成功率を破折器具の有無で比較しています。”病変がある”とは根の中の感染が原因で根の周囲の骨が溶かされてしまった状態です。レントゲン上で、丸い黒い影が見えることが多いです。

 

“病変がある状態”                    ”病変がない状態”

結果は以下の通りでした。

<破折器具が留置された場合の病変の有無による成功率>

病変あり

病変なし

破折器具あり

86%

98%

破折器具なし

92%

96%

<結果>

治療前に病変(レントゲン画像で黒い影)がある場合の成功率(86%~92%)は少し下がるが、病変(黒い影)がない場合は破折器具の有無に関わらず90%以上の高い成功率を示しました。

この研究は、他のコラムでも述べられている通り、無菌的処置(ラバーダム防湿 器具の滅菌 治療部位の消毒)が確立された環境での治療結果であり、無菌的環境が確立されていない環境では、このような高い成功率とはならないことを認識しておかなければなりません。

 

③逆に、破折器具を取り除くことによる歯や骨への影響はどうなのでしょうか?

破折ファイルを除去するメリットは、破折したファイルより先の部分、すなわち破折ファイル除去により細菌感染を除去又は減少させることできる可能性があります。破折ファイルを除去する方法は様々ですが、いずれにせよ根管内を多少削って破折ファイルを取り除くことになります。このことはファイルを除去する代わりに歯の破折を招きやすいというデメリットを招来します。破折器具を取り除く難易度も症例により異なり、難易度が高い程根管内を削らざるを得ません。術者はできるだけ安全に破折器具を取り除くよう様々な方法を試みますが、破折器具を取り除くことで生じるデメリットもあるのです。

どのような症例でも破折器具を取り除くメリット、デメリットがあります。どちらを優先すべきなのか考えることが重要です。

 

まとめ

前述の通り病変の有無に関わらず、破折ファイルが存在しても極端に成功率が下がるようなことはありません。

繰り返しますが、根管治療をする上で最も重要なことは根尖性歯周炎を”治す”事と”予防”することです。残った器具を除去することに焦点を当ててしまうと本来の目的である歯をできる限り長期に保存することを妨げてしまう可能性があります。

メリット、デメリット、を総合的に勘案し意思決定診断することが非常に重要です。ぜひ専門医へご相談ください。

執筆者:菊池瞳(PESCJ13期生)

 

参考文献

(1)F Pineda  Y Kuttler     Oral Surgery Oral Medicine Oral Pathology1972; 33(1) :101-110 Mesiodistal and buccolingual roentgenographic investigation of 7,275 root canals

(2)Shuping GB, Ørstavik D, Sigurdsson A, Trope M. Reduction of Intracanal Bacteria Using Nickel-Titanium Rotary Instrumentation and Various Medications.J Endod. 2000 Dec;26(12):751-5.

(3)Plotino G Grande MN Cordano M Testarelli L Gamberoni G Oralents in an artificial canal specifically designed for cyclic fatigue tests Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Endod.2009;108(3) 152-156

(4) Spili P, Parashos P, Messer HH. The impact of instrument fracture on outcome of endodontic treatment. J Endod. 2005; 31(12): 845-850

(5)石井宏 世界基準の臨床歯内療法 第2版2021 医歯薬出版